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この人に聞く!




「戦うことを手放す」エンパワメントプロデューサーひぐちまりに聞く

「戦うことを手放す」エンパワーメントプロデューサーひぐちまりに聞く~転機になったのは、自らの人生を目いっぱい楽しむモナコ女性の姿

数秘的にも1900年代までは男性性が強く出る時代。
ユンケル片手に<24時間働けますか?>というコマーシャルが記憶に残っている人も多いのでは。
それががらりと2000年代に入ったとたんに、女性性の時代になり、真の豊かさが求められる時代となりました。

男性性の時代から女性性の時代へ。
物質的な豊かさから心の豊かさが求められる時代へ。
その時代の潮流に自ら、大きく逡巡しながら、仕事のスタイルを変え、新たにモナコに本部を置く人道支援団体<アミテチエソンフロンンティエール>の日本支部アミチエジャポンのアドヴァイザーとしても活躍していらっしゃるひぐちまりさんにお話をうかがいました。

青:ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵
黒:エンパワメントプロデューサー ひぐちまり

■物質的な豊かさから心の豊かさが求められる時代に。

_______あの人、強い人だよね、っていう時って、眉間にしわ寄せながら言わない?
強さが前面に出る人って、私、苦手なんです。
なんだかバブル全盛時代の自分の姿を垣間見ているような気がして。
優雅さ、しなやかさっていうのが強さであって、そこなんとかしなさいよ!
私はこうよ!みたいなことは、逆に脆さじゃないかと、最近思うんです。

それって、戦って何かを勝ち得る時代の強さ、よね。
やってきたよね、そういうこと、私たち。

_______うんうん、やってきました。

強さが前面に出る人って、能力として認めるけれど、ああはなりたくないよねっていうニュアンスがそこにあるよね。

_______まりさんはすごく強くって、天才的に頭がいい人だけで、とてもチャーミングでお茶目ですよね。
モナコでエレガントに踊っちゃったりして。スキーして転んで唇4針も縫って帰国したことも全部笑いのネタになっちゃう。
でも、数十年前の私たちは、眉間にしわ寄せて、強い女にならなくては社会で生き残っていけないと考えていましたよね。
でも、強い女でいるって、今から考えると、かなりしんどいことでした。

■戦うことで成果を勝ち得た時代に心も体も壊れはてた。

私、ずっと、敵を作りながら戦ってきたの。
私自身が戦うことで成果は得られると、成果を作ることがハッピーになることだと考えていて。
私の社会人としてのスタートはモルガン銀行という外資系金融会社。
為替で世の中を動かせると考えている人たちと、ものすごいプレッシャーの中で戦ってきた。
その後、建築企画会社で国内外のイベントプロデュースを担当した後、独立し、23年前、ウエディングプロデュースの会社を作ったんですが、ウエディングプロデュースをする人たちは0.3%しかいない時代。
結婚式場とホテルでほぼ90%の結婚式をやっている時代だったんですよ。
私は海外でいろいろなパーティーをプランナーとしてやっていたので、これからは日本でパーティープランナーとかウエディングプロデュースが来るんだろうなと思って始めたの。

_______さすがのアイディア。
今では主流ともいえる位置になったパーティーウエディング、まりさんが日本で火をつけた!

ウエディングの仕事、まさにここにハッピーがあると。
けれど、私は外資系金融という異業種から入ってきた新参者。
そこで、ホテルや結婚式場が知らないレストランウエディングなんてことを私が言っていたから、
<結婚式の経験もないくせに、しかも女で>と、たたかれないわけがないよね。
めっちゃくっちゃたたかれたの。
全然悪いことしていないのに、3回くらい裁判所から呼び出しがあったり。
その前に不動産でバブルの時にものすごくいろんなことと戦っていたので、裁判所なんてしょっちゅう行っていたので、もう平気なわけ。
ケンカは売らないけど、売られたケンカは買ってやる!みたいな気持ちで。

_______電話をたたきつけて壊すことなんか、あったり前なんていう激しさで怒ってた?

そう、そう。何かって、私自身が戦う人だったんです。敵を作りながら。
私自身が恐れをベースにしていて、怒りがものすごいエネルギーだったのね。
あの時は、戦わなければならないから怒りがべースだったと思っていたんだけれど、そうじゃなしに、私の根本的なエネルギーが怒りだったから、怒るためには敵がいるじゃない。
敵がいないと怒れないし戦えないから。
だから敵を作っていたんだと、今だったら思う。

_______ずっとモルガンからの流れの中にいた?

戦って結果を作るとハッピーになれると信じていたけど、それはどうやら違っていたと、今は考えられるようになったの。
モルガンから23年間は本当に戦ってきたのね。戦って、戦って、勝ち得てきたわけ。
結果を作ったら自分は安心できる、ハッピーになれる。
ハッピーになりたくって、もちろん仕事って頑張るわけじゃないですかもちろん。
結婚式、やってるわけだから。
結果を作って周りから認められれば、きっとハッピーになれる、世の中に貢献できると思ってやってきたんだけれど。

■世の中に、社会に貢献したいと考えた。

_______世の中にどんなふうに貢献していると考えていたんですか?

結婚式の仕事は、私はイベントだと思わなくって、新郎新婦の人間教育だと思っていたのね。
誰かに幸せにしてもらう人たちじゃなしに、ただABチョイスだけしていたら結婚式ができあがるホテルや結婚式場のスタイルじゃなしに、全部、自分たちがプロと出会って、お花は何色がいいんです、ドレスはこの色がいいんですって、プロと出会って、自分で決断する、って、すごく大変なことじゃないですか。
その経験をしてほしかったんですね。
自分でちゃんと選んでいって判断して、誰かに幸せにしてもらうんじゃなくって、自分が幸せだから、あなたをもっと幸せにするわっていう、夫婦を育てるための結婚式をしたかったの。
そういう夫婦の子どもだったら、自立心とかなんとか言わなくても、そういう子供になるし、そういう子供が増えていったら日本は幸せになるっていうちょっと変わったウエディングプランナーだったのね。
それが、社会貢献にもなっていると思っていたのね。
そういうことをやれば絶対に幸せになると思っていたのね。
本も14冊監修して、テレビも20本くらい出て、まわりからはすごく認められるんだけれど、全然幸せにならなかったのね。

_______え、なんで?

うまくいったらいったで、<これはいつ終わるんだろう>と心配するし、うまくいかなかった行かなかったで、<これはいつまで続くんだろう>と心配して。
結局、常に心配して常に戦っているわけ。
やっている最中に、さすがになんかおかしいと気が付くわけですよ。
この先に幸せはないんだろうなと、気づいているわけなんです。
でも自分のベースのエネルギーが怒りだから、<愛が大事>とか<自分を好きになりなさい>とか本に色んなことが書いてあっても、ロジックとしてはわかるけれど、この怒りを手放したら結果をつくり出せなくなる私、それが怖くって手放せないわけですよね。
その時の部下とか取引先の人に、<樋口さんてどんな人?>と聞いてもらったら、99%が怖い人だって必ず言うの。
怖くもしてたの。そうしないと女性がプロの仕事ができない時代でもあったんだと思う。
だけど、そんなときに会社が立ち行かなくなったり、もうダメだってところに来たのね。
この先、もう前にも後ろにもいかれないって。

■戦うことを手放せる、モナコは、これが最後のチャンス、きっかけになると思えた。

何か起死回生やらないともう終わりだなって思う瞬間があって。
その時に長年の友達でアミチエジャポンの代表であるモナコに住んでいる畑中由利江さんが、モナコの王室舞踏会があるから来ませんかって誘ってくださって。
その時はモナコなんて自分の生活との接点なんか全然見えなかったし。
行きたいと思わなかったし、人見知りだったし。
でも、これ行かないと、これが最後のチャンスだと思って行ったんですよ。

_______私は、まりさんに最初にお会いしたときは、ウエディングプランナーとして大活躍されていた5年前。
そして、気がついたら青山学院大学でエンパワーメントプログラムの授業を、しかも英語でやっている。
モナコの宮殿で優雅に踊ってる!
なんだか、また、大きなチャレンジを始めて、新たなステップに行くんだと、驚きとリスぺエクトで見ていました。

日本ってみんな一緒じゃないですか。
モナコの人たちって、どれだけ自分を際立たせるか、なんですよね。
いかに人と違わせるか。
目の色、、髪の色、身長だって違う。
80歳超えるおばあちゃまが真っ赤なドレスを着たりとか。
舞踏会の前にホテルのホワイエで集まるんですけれど、そこに集まったその人たちを見て、<いいな、この人たちは幸せそうで>と思った瞬間、ふっと、<だけどこの人たちだって、人生でいろいろあるんだろうな>と思ったわけですよ。
持っている人の苦しみとか悩もあるんだろうな。
この人たちって、人生で楽しいことばかりがあるんじゃなくって、自分で楽しい人生を送るって決めたからここにいるんだ。
自分で決めることだったら、自分で決めよう、とその瞬間に思ったの。

そした物の見え方が変わってきたの。
でも、それから1年くらいは一番つらい時期だった。ブライダルの会社を辞めるまでは。
たぶん、その<自分で決めよう、人生を楽しもう>という決断をしなかったら、アウトだったと思う。
地下鉄の黄色い線の外側を歩けなかった、落ちるんじゃないかって怖くて、それくらいのことをやりかねなかったし、夜も眠れない。
そのときにふっとね、<私、人生を楽しむって決めたんだよね><もしあのマダムたちが私と同じ状況になったら、あの人たちはどうやって乗り越えるのかな>
ちょっとだけ感情にごちゃまぜにされるんじゃなくて、ちょっとだけゆるみがあったんですよね。
それで乗り越えられた。
まさに黒一色だったオセロの駒が、ぱたぱたっと白に変わっていく、あの瞬間から、いまだに私の人生が起こってる。

■眉間にしわを寄せていたら、自分を、周りを幸せにすることはできない

_______私も一晩で髪が総白髪になる事件があったの。
苦しかった。
会社やってると、ありますね、そういうこと。
でも、何か転機になることが降ってくる。

そう、転機を迎え受ける準備があったんだと思う。
これがきっかけになるということを感じられる、ちょっとだけゆるみが残っていたのね。
私にはモナコっていうきっかけがあって、自分なりに勉強して、メソッドにしてエンパワーメントライフっていうプログラムで、今、お伝えしているんですね。
我慢の先に幸せがあるという時代、物で心が満たされた時代、は1990年代に終わったのよね。
社会の中にビジョンがあって、社会の中にミッションがあって、社会の中にモチベーションがあった時代。
でも、その時代は終わったわけだから、もう自分が生活を楽しむってことでないと幸せになれない。
眉間にしわを寄せていたら、だれかを、周りを幸せにすることはできない。
私は、その考え方をエンパワメントというプログラムの中で伝えています。
プラスのエネルギーの中にいる時ほど、人は能力を発揮できるから。
人生を楽しんでいる人がたくさんいることで、この国は幸せになるし、世界に貢献できる国になると思うの。
私に出会った人が、それがきっかけでそういうことになるようにって思ってそれをやっている。

■ちゃんと苦しむときに苦しめばいい。

_______自分の可能性をあきらめないでいたから、自らの戦いの体験が活きたひぐちまりメソッドになった!って感じ?

これっていう何かに出会ったり、背中を押してくれる何かかがあったりするから、その準備をしていてよかったなと。
ちゃんと苦しむときに苦しめばいい。
それをお茶を濁しちゃうと、楽をしてしまうと、なかなか自分の力にならないけど、ちゃんと取り組んできたことって、その時は遠回りになっているように感じるけれど、遠回りにはなっていないのよね。
なんでこんなことが起きるの!!?っていう体験ほど、自分の力になる。
そういう体験を繰り返していくと、当たり負けしなくなってくるって感じで。

_______50代はあなたが作った顔、ていうシャネルの言葉があって、年齢らしい生き方をしたいですよね。
50代になって、ばっさばっさ切って、電話投げ飛ばす、なんてことしてたら、もうダメよね。
年齢らしい生き方って大切だよね。
そんなわけで、私たちは50代になって、みんなが、私たちみたいになったらいいなと。(クスクス)

そうそう、そういう50代が増えてくるといいよね。
年を重ねるごとに輝きを増していく、いろんな場面で、その人の人生を輝いて生きるっていう人たちがいっぱい出てくるってことで、若い人たちが、年を重ねていくってことに、恐れを抱かない、だったら私はこんな風になりたいなって考えられるようになるよね。
モナコでは、年を重ねてから楽しむことのできる場所がたくさんあって。
若い人は、年配の方からエスコートしていって。
それがエレガントで。

_______そうなると、私たちっていい見本だよね~~。爆笑

すごく自由になった。50歳になってから。
40歳ではできなかった。40歳は戦ってきたから。
でも50代になってできるようになった感じ。
柔らかく穏やかにアウトプットするっていうこと。

■人生を楽しむことが人道支援につながる

_______アミチエとの出会いが50歳を過ぎてからですよね。
このパンフレット見ても、もう現実では考えられないような夢の世界。
ブラックタイにロングドレス、勲章をかけている方まで!
日本人でこんな世界に足を踏み入れる人がいるなんて、もう驚きすぎて!
でも、まりさんがこの社交界の世界に入っていって。

アミチエは、ハイソサエティ-の社交を通した人道支援をしています。
基本的にはパーティーを開催して、寄付を集めて。
モナコの本部や国連、UNHCRを通じて寄付をしていくという活動です。
現地に行って何かをしたいと思ってもなかなかできない。
支援っていろんな形があると思うんです。
我慢の先に幸せがある、という時代は終わったの。
私が戦ってきてハッピーを感じられなかったように。

アミチエとの出会いで、人生を楽しむことが人道支援につながる、これがすごく大切なことだと感じて。
モナコで、自分の人生を楽しむと決めてから、私の生活の質が変わってきたの。
自らの人生を楽しみながら人道支援する。
私たちが楽しんでいることが世界平和につながると信じているんです。

_______アミチエも、私たちにとってはるか遠くの夢の世界だったけれど、まりさんがいるから何かちょっと近くにやってきた感じがします。
舞踏会が近く感じるなんて、不思議。

<チャンスは準備ができている人のところに来る。>
ならば、悩み苦しんだことは、新たなチャレンジをするための下地だったんだな。
眉間のしわ、きっとなくなるな。
(聞き手・構成 ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵)


ひぐちまり
エンパワメントプロデューサー
結婚ジャーナリスト
自身が「人生を愉しむ」と覚悟を決めた瞬間から人生が変わり始めた経験をもとに、「誰の中にも無限の可能性がある」を信条とし、
日本とモナコでセミナーやイベントを開催。
「力づけのスペシャリスト」として1万人の女性の「幸せな未来をプロデュース」した豊富な経験と最新脳科学、ポジティブ心理学、コーチング、ウェルスダイナミクスを融合した、愛とパワー溢れる指導は、「会っただけで元気になる、勇気がわく、やる気になる」と人気。
前より力を抜いても売上が
3倍になった、1000人の前での初めての講演が大成功した、離婚寸前の夫婦関係ラブラブになったなど成果を作った本人も驚きの成果報告が後をたたない。

【経歴】
外資系銀行、建築企画会社をへてブライダル業界へ。
その後、
20年間ブライダル事業に携わり、ウエディングプロデュースの先駆者として1万組以上の婚礼を手がける。
39代ジミーカーターアメリカ元大統領のプライベートレセプションを担当した経験をもつおもてなしのスペシャリスト。
マナーにも精通し、
モナコ王室主催の舞踏会に参加。

【テレビ出演】
『芸能人格付けー芸能人に品格はあるのかSP』(朝日放送系列)
『ものスタMOVE』(テレビ東京)
『ズームインスーパー』
『笑っていいとも』(フジTV)
『誰だって波瀾爆笑』(日本TV)
『ガイアの夜明け』(テレビ東京)
『ピンポン』(TBS)  他

●監修書籍 14冊   ★発行部数合計 28万部突破
・『ウエディングのマナーとコツ』学研
・『3ステップで書く 新郎新婦のあいさつと手紙』マイナビ
・『花嫁の手紙お手本BOOK』大泉書店
・『結婚の段取りのすべてがわかる本』学研
・『子供の結婚 しきたりと親の役割がわかる本』ナツメ社
・『結婚 親の大切な役割とあいさつ』 成美堂
・『これ1冊で結納と結婚のしきたりがわかる本』 日本文芸社
・『結婚式 短いスピーチ』 高橋書店
・『ふたりの想いをとどける 新郎新婦のスピーチ』  ナツメ社
・『わんらんく上の 主賓・来賓・上司のスピーチ』 ナツメ社
・『共感を呼ぶ!』友人・同僚 上司・親族のスピーチ』 ナツメ社
・『必ず成功する! 司会・幹事 パーフェクトブック』 ナツメ社

●企画協力
・ハローキティの恋と婚活ブック

【その他の活動】
ICC国際認定コーチ、
(社)日本適正力学協会WDコンサルタント
インタメクラブ認定エンタメプレゼン講師
青山学院大学経営学部コーチング入門講座(日本語、英語)
表参道セラピストスクール・プロフェッショナルマインド講師

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